忘れられないフランス語の文

ある外国語を学習し始めるとき、いろんな文を口に出して繰り返し、丸覚えすると思う。

フランス語学習の最初の1か月で、NHKの『フランス語入門』という青い本を1冊丸ごと丸覚えすることにした。

1994年頃のことで、音声はテープで聞いていたような気がする。

日本語にない外国語の発音をマネするのが何よりも好きな私はフランス語の/r/の発音にあこがれ、来る日も来る日も練習し、ほとんどの文を発音できるようになっていた。もともと入門用の教科書なので、それほど長い文は含まれていないのである。

ところが、次の文にぶつかったときは、目が点になった。たぶん耳も。

Je suis tres heureuse de vous connaître.(お会いできてうれしいです。)

何を言っているのかさっぱり聞き取れないのである。文字を見ても、どこで切れるのか音が分節できず、リピートできない。最も大きな問題はheureuse(幸せな)という形容詞女性形の発音だった。hは発音しない。母音/eu/が難しい。実は日本語のウに最も近い前舌母音だ。だが、当時はウをそもそもそこまで前舌だと認識していなかったので、ものすごく構えないと発音できなかった。

『ロワイヤル仏和中辞典』には[ø-ʀøz]
『プチ・ロワイヤル仏和辞典』には[œ-ʀøːz]

なぜか一つ目の母音の表記が異なっていた。

[ʀ]は両辞書ともrとしているが、それはフランス語の/r/が口蓋垂震え音に決まっているからrで代用しているのである。ここでは国際音声記号に忠実に[ʀ]を使ってみた。

何度も何度も聞いて、後ろから少しずつリピートして行った。文を覚えてしまってからも、なかなかうまく口が回らず、スムーズに言えなかった。自転車に乗りながら、ブツブツつぶやいていたのを覚えている。変な人だったと思う。

でも、これが言えるようになると、うれしくてまた何度も言ってしまうのである(もちろん一人で)。1年語学留学したが、実際に誰かにこの文を言った記憶はない。

なぜかわからないが、自分で作文すると、次のような文になる。

Je suis tres contente de vous voir.(お会いできてうれしいです。)

こちらは直訳すると「あなたを見て満足だ」というような意味になってしまう。おそらく私の頭に浮かぶ文は、日本語が母語の学習者の作りそうな直訳的な文で、NHKの例文の方が格調高い美しい文なのだろう。

話すとき自分では使わないが、初級の本に載っていていまだに覚えている文は、中国語にもある。

你是什么学校的学生?
Nǐ shì shénme xuéxiào de xuéshēng?
(あなたはどこの学校の学生ですか。)

日本語的に聞くとシャシュショの音だらけで、巻舌音/sh/と舌を巻かない/x/が混じっていて言いにくかったような記憶がある。これも一生懸命声に出して練習したから覚えているのだと思う。

だが、これも不思議なことに使ったことがない。

この内容を訊きたければ、私はたぶん次のように言う。

你是哪个学校的学生?

もしかすると、これは「何の学校」と「どの学校」のように尋ねているものが異なるのかもしれない。要確認である。

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