例1 これからは私と林とで御社を担当させていただきます
「この『で』は何ですか」という質問を受けた。これまでの私だったら困っただろうと思うのだが、最近たまたま別の授業でこの「で」を扱っていたため、幸いスムーズに答えられた。
この文が登場したのは、ビジネス日本語という授業で使用している次の教科書である。
村野節子他(2012)『上級レベル ロールプレイで学ぶビジネス日本語:グローバル企業でのキャリア構築をめざして』スリーエーネットワーク 第2課 モデル会話(p.11)
「私と林とで担当する」という場合のデは「担当する」という動詞の主体を表す。「私と林の二人で」と範囲を限定する意味で使われている。
原沢伊都男(2010)『考えて、解いて、学ぶ日本語教育の文法』(スリーエーネットワーク)には、以下のような例文が載っている。
例2 子どもたちでチャーハンを作ります。
例3 航空会社で手荷物をチェックする。
例4 会社で負担する
例5 みんなで世話をする
アルクの「ことばのしくみ(文法)」には、以下のような解説があった。
「一人で/二人で/みんなで」は、名詞および範囲を限定する格助詞「で」からなる表現で、「一人で/二人で/みんなで 歌う」の「一人で/二人で/みんなで」は、「歌う」という動作をおこなう主体の範囲を示す表現です。したがって、「で」の前の名詞は「一人/二人」など人/ものの数を表す名詞、「みんな」「社員」「参加者」など人/ものの集合を表す名詞に限られます。
これまで日本語を20年以上教えてきたが、実はこの「で」が主格を表すというのには意外な気がした。それでは「が」との使い分けを説明せねばなるまい。
例6
✕「この仕事は私でやっておきます」
〇「この仕事は私がやっておきます」
例7
✕「私で決めていいんですか」
〇「私だけで決めていいんですか」
〇「私が決めていいんですか」
集合名詞でない「私」単独では使えないが、「私だけ」となると使用可能になる。この「で」は「範囲を限定する」という働きがポイントのようだ。
次のような名詞文で使われるものも同じ用法だろうと思われるが、主格だという特徴は薄れて来る。
例8
〇「全部でいくらですか」
?「全部がいくらですか」
いろいろと考えさせられた、格助詞「で」の用法である。