国立大学の大学院生対象の日本語の授業でのことである。
出席できない日に「✕」をつけてください。
という文章を何気なく読み上げると、一番前に座っていた一人の中国人の女子学生が「先生今『✕』を何と言いましたか」と尋ねてきた。
「ばつ」と言うと、「いいえ、ちがいました」と言われ、「もしかして私『ぺけ』って言った?」と聞くと、「うんうん」とばかりに首を縦に振る。そして、「黒板に書いてください」と言う。
「あーあ、やってしまった。」と罰の悪い思いをしながら、黒板に「ぺけ ばつ」と書き、「✕」の読み方としてどちらもよく使われると伝えた。
でもまあ、彼らは初級というわけではないのだから、いいのである。知っておいた方がよい、と思い直した。
実はこの「✕(ばつ・ぺけ)」や「〇(まる)」「✔(チェックマーク)」は留学生を教えていると、いつもその意味するところが問題になる。それについては別記事「〇・✕・✔の意味は?」に記した。
だが、今はとりあえず読み方と語源について書く。
「ぺけ」の語源には二種類(『コトバンク』)の説がよく取り上げられる。
1 中国語の「不可 bùkě」(「よくない」の意)
2 マレー語の「pergi」(「あっちへ行け」の意)
どちらも「ぺけ」という音からは若干距離のある語であり、はっきりしない。
私個人としてはマレー語のpergiは/r/の音が強いし、本来「行く」という意味の動詞なのを「あっちへ行け」ととらえたとしても、どうも「✕」の意味にはなりにくいように思う。
一方、中国語の「不可 bùkě」はまさしく「✕」の意味だし、早口で繰り返されると「ぺけぺけ」と聞こえなくもない。もし、この語源を知ることで中国の学生たちが「✕」の読み方が覚えられるのなら、「不可 bùkě」から来ているらしい、と教えるのも悪くないと思う。
さて、2018年9月7日放送 NHKラジオ第2『基礎英語2』に映画字幕で有名な戸田奈津子(1936年生まれ、東京都出身)がゲストで来てインタビューを受けていた。その際にぽろっと出たのが、「戦争中は英語はペケですからね」という言葉。
人が話しているのを聞くと「うわっ、ぺけって言うたはるわ」と思うのだが、自分で言うときは気づかないものである。
私の感覚では最近は「ぺけ」は劣勢で、ほとんどの人が「ばつ」と言うように思う。興味深い質問がsooda!というサイトにあった。
戸田奈津子が東京出身なので、関西方言だという説はちょっと眉唾ものだが、世代差はある程度あるかもしれない。ただ、幼児語だという人もいる。変換できるのは「ばつ→✕」だけだと言うのも、この記事を書いていて気づき、興味深いと感じた。
紙に「井」の形を書いて、9つのマスに見立て、〇と✕で三目並べをする遊びを皆さんは何と呼んでいるだろう。
私の場合、これを「まるぺけ」とは言うが、「まるばつ」とは言えない。
こういう調査こそインターネットで気軽にできないかなあと思う今日この頃である。