ある高名な小説家が書き残した未発表の戯曲を自作と偽り、成功を収めてしまった青年ベルトラン(ギャスパー・ウリエル)の苦悩についての映画である。
イザベル・ユペール扮する娼婦役が話題ではあるが、私の興味はやはり言語である。
ジェイムス・ハドリー・チェイスの原作では舞台はアメリカなのだが、映画ではフランスが舞台である。パリのメトロの線路が見える高級アパルトマンに住む高名な小説家が書き残した戯曲は、長期にわたる英国滞在の影響が色濃く出ていたらしい。
訪問介護ヘルパーをしていて偶然大作家の臨終に立ち会ってしまった青年ベルトランは、どうもそれほど高い教養を持ち合わせていない。
大作家の書いた第1作に匹敵する第2作を周囲から期待されるが、果たして執筆できるだろうか。
自らの教養のなさを恨む青年。次作の題材はエバ(イザベル・ユペール)という娼婦に出会ったことで、なんとかなりそうだが、肝心のことばがうまく紡げない。パソコンに向かって戯曲のセリフを打っていくのだが、ある言葉に差し掛かると校正が必要だと示す赤い点線が出る。
その言葉をなんとか記憶して映画を見終わったら調べようと思っていたのだが、結局失念してしまった。残念無念…
美しく聡明な婚約者カロリーヌ(ジュリア・ロイ)は彼の様子がおかしいことに気付き始めているようす。第1作で使っていた表現を、書いたはずの本人が記憶にないといった反応だったためである。
じわじわと破滅へ進んでいくスリル。こういうのって楽しむものなのか。さすがフランス映画! などと思いながら、見終わった。
もっとも重要なのはこの破滅していく男を演じるギャスパー・ウリエルが、なかなか味のあるイケメンだってことである。こんな男が戯曲を書いて成功したとなると、美女たちがこぞって寄ってくるのもうなずける。
裕福な医者の家で育った聡明で美しい婚約者は、結婚の話を進めようと積極的である。死者の戯曲を盗まず、訪問介護の仕事を続けていたら、おそらく絶対に結婚することなどなかった相手だ。ああ、これで、この煮え切らない男が次の作品を書けなかったら、彼女はいったいどうなるんだ。
これもまた、スリル…?
まるで、歩き始めて間なしの小さい子がジャングルジムの上を手放しで歩いているのを下から眺めているような気分である。