「おととい」と「おとつい」

私が日本語を教え始めたばかりの頃、最大の問題は語彙の制限だった。入門期の学習者にあれもこれも覚えなさいというのは酷である。厳選した必須項目のみを覚えてもらうべきであろう。

外国語を早く身に付けたいという立場に立てば、もちろん最も普遍性が高く、使用頻度の高い語彙から覚えていきたいはずだ。

だが、日本語について深く考えたことのない母語話者はそういう判断がうまくできないことがある。

「おととい」も「おとつい」もどちらも使うけど、いったいどちらを教えるべきなのだろう。「おとつい」が関西的だなんて思いもしなかった。

教科書には「おととい」が載っているのに、知らず知らず「おとつい」を使っていて…
「先生、『おとつい』は何ですか」
「えっ? 昨日教えたばかりなのに! なんで?」
と内心逆ギレする始末。当時の学生さん、すみません。

方言ではないが、「あした」と「あす」にも注意が必要だ。「あす」は初級の学習者には通じないと思った方がよい。

七日を「なのか」と読まずに「なぬか」と読む。「あぶない」を「あむない」と言う。「さむい」を「さぶい」と言う。日本語母語話者にとっては、たいしたことのない差だが、学習者には通じない。

ある種の日本語の豊かさではあるのだけど、そういう部分はきちんと切り取って、学習者には提出しなくてはならないのだ。

ちなみに、
私の母(1945年滋賀県生まれ京都市在住)は「なぬか」としか言わない。1972年兵庫県加古川市生まれの夫が「あぶない」と言っているのを家では聞いたことがない。必ず「あむない」と言う。

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