『おんなの幸せマニュアル』という邦題は当たっているが、決してラブコメではない《俗女養成記》。確かにコメディではあるが、男女間の恋愛要素は皆無に近いと思う。むしろ古き良き80年代の台湾を懐かしむ要素が強く、ホームドラマ的だ。何と言っても主な舞台は台南で、70%が閔南語(台語)だ。
何よりもこれを見ようと思った理由は、ありえない豪華キャストのせいである。子役以外はみんな顔を見たことある人ばかり。お金がかかっているわけでもなさそうなのに、こんなことが実現したのは初監督に挑戦した嚴藝文の声掛けのせいらしい。舞台やドラマで活躍してきた女優(たいていは口うるさいおばちゃん役)が監督をやると言うと、ちょっと噛んであげるよという俳優がこんなに集まるのかぁ。驚くべき人脈と人望である。
主人公の女性を演じるのは、謝盈萱 Hsieh Ying-xuan。「劇場女神」の名のとおり、長年舞台で活躍し、2018年の台湾映画《誰先愛上他的》でゲイの夫を持つ妻の役を演じ、金馬奨を受賞している。背が高くてスリムだが、きれいどころではなく、ものすごい演技力で印象づける役者である。今回はかなりコミカルな感じで、40歳前後の未婚女性の苦悩が描かれる。
ただし、彼女の10歳ごろの台南での生活が挟み込まれ(いや、むしろこちらがメインかも)、2019年の彼女がこうなった理由がさまざまなエピソードで説得力を持って語られる。台北での尻ぬぐいばかりの秘書業やマザコンの彼氏に辟易し、ふるさと台南に戻ってくるのだが、この台南の家での回想シーンは日本の私が見ても古い価値観に縛られた田舎に「ありそうな話」のオンパレードだ。だが、そこに家族のなんとも言えぬ暖かみがあるからまた厄介だ。
このドラマの中国語コピーにしばしば現れる《六年級女生》ということば、最初は80年代の台南シーンで出てくる子役の主人公が「小学六年生」なのだと思っていた。しかし、ドラマの途中で「四年生」の教室で勉強していることが判明。どうもこのことばは違う意味があるぞと疑い始めた。よくよく調べてみるとこの《六年級》には「1970年代生まれ」の意味があるのだと言う。中華民国は1910年建国なので、民国60年代は1970年代に重なる。
マザコン彼氏役で出ていた溫昇豪 Wen, Sheng-hao も1978年生まれで、《娛樂鄉民》というインタビュー番組でこの世代のことをこう説明していた。「60年代生まれほど保守的でもなく、80年代90年代生まれほど先進的でもない、《尴尬(気まずい・ばつの悪い)》サンドイッチ世代」。なぜそれが《尴尬》なのか、中国語学習者としては今一つピンと来ないが、なんとなく言いたいことはわかる。
ドラマの終盤に主人公 陳嘉玲 ジアリンのおばあちゃんが2019年の台南に一人で戻ってきた孫娘を見て「(今の時代を生きる)あんた(たち)がうらやましい。好きなことして、自由で。」という本心を吐露するシーンがある。「女は(男は)こう生きるべきだ」という価値観にがんじがらめだった世代からすると、結婚せず、子も産まず、自由を謳歌できる時代の変化は眩しいばかりなのだろうと強く思わせられた。