関西アクセントの影響:「慾ハナク」が「良くはなく」に! 『雨ニモマケズ』より

娘(小6)が小学校の朗読の宿題で宮沢賢治『雨ニモマケズ』を読んでいた。大阪でも北摂の子ども達は基本的に標準語アクセントで朗読していることが多い。娘もおおむね標準語アクセントで読んでいるのだが、たまに「?!」となることがある。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク…

この「ヨクハナク」の部分である。
「欲(よく)」は標準語アクセントでは②型で「低高(低)」である。
一方、関西方言では「高低(低)」である。

娘はなぜかこの部分だけ関西アクセントで読んでしまう。すると、それまで標準語アクセントで読んでいたのだから「良くはなく」と聞こえてしまう。

東京在住の友人に聞かせたところ、「意味が変わる」と笑いを誘ったが、関西の子ども達は大真面目でそう朗読している。

息子(中2)にも言わせてみたところ、何の疑いもなく「欲はなく」ではなく「良くはなく」と言った。

この「欲」という語、関西弁では耳にするが、標準語で耳にする機会が少ないということなのだろう。

そこだけ関西弁になるのなら、全部関西弁で読むように娘に言うと、そっちの方がずっと怪しいアクセントになるから情けない限りだ。大阪でももっと南の方に住む子たちなら関西アクセントで全部読めるのかもしれない。

以前、娘の小学校の本読みの宿題で、関西アクセントが出てなかなか標準語アクセントで読めなかったのは、「りんご、バナナ」などの果物が出て来る部分だった。

りんご (標準語)平板型⓪ 低高高 (関西)高低低
バナナ (標準語)頭高型① 高低低 (関西)低高低

それはあまりにも生活に密着しているからかと思っていたが、「欲」などという語にも現れると知って感心した。

90年代に私自身日本語教師を目指し、標準語アクセントで話すよう努力を始めた頃、アクセントが全くわからなかった記憶があるのは「かまきり」「かなぶん」などの昆虫の名前だった。

どちらも標準語では、頭高型①(高低低低)だ。
私の方言では「かまきり(低低高低)」「かなぶん(低低低高)」。
私が無理に類推して発音した標準語アクセントは「平板型⓪(低高高高)」

今思えば、成人対象の日本語教育でこのような語彙を教えることはまずないので、心配する必要もなかったわけだが。子どもが対象の場合教える可能性があるが、関西にいるならこれは関西方言アクセントで教えてよいだろう。

東西で型のちがうアクセントばかりが難しいわけではない。実は東西で同型のアクセント型も関西人にとっては不安の種だ。私は「みかん(高低低)」のように東西でアクセントに差のない語を読むのに、関西のにおいと標準語のにおいの両方が混ざって不安を感じることがある。

関西に住み続けているとはいえ、私の周りでは関西方言の伝統色が薄まっていると感じる。それでも、関西方言のアクセントが残るところ、それがこの「欲はなく」や果物や昆虫の名に現れていることは興味深い。

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