ロイヤルバレエinシネマ『ラ・バヤデール』

初めて『ラ・バヤデール』全幕を見た。ナタリヤ・マカロワ版ヌニェス・ムンタギロフ・オシポワ主演。白いチュチュに白い布の先を指に付けてひらひらさせる女性たちの踊りと全身金ピカの仏像(ブロンズ・アイドル)が象徴的なあの『ラ・バヤデール』である。

まず、インドが舞台といいながら、「いったいどこやねんこれ」というような時代考証もへったくれもないファンタジーの世界がおもしろい。僧侶らしき人たちはチベット僧のような臙脂の袈裟を着ているのだが、丸坊主ではなく、頭頂部のみ剃っていて下の方は短い黒髪がふさふさした波平さんヘアスタイル。国王より偉そうな大僧正や背の縮こまった苦行僧など仏教の世界を描きながらどこかカトリックのような世界観。お辞儀の仕方や「かしこまりのポーズ」からして独特。よくこんなこと考え付くと感心することしきり。

最初はジゼルと似た話だと思った。神殿の舞姫ニキヤ(ヌニェス)と戦士ソロル(ムンタギロフ)の中を引き裂き、ソロルと王女ガムザッティー(オシポワ)を結婚させようとする大僧正と国王。1幕の終りで蛇に咬まれて息絶えるニキヤはその後もアヘンを吸うソロルの妄想の中に何度も現れる。

舞台の上でソロルがアヘンを吸う場面があるのにも驚いた。また、今日も3,4歳の子どもが見ていた。前回の『うたかたの恋』ほど退廃的ではないにしても、アヘンを吸う場面を子どもに見せるのはどうかと思う。

2幕「影の王国」のコール・ド・バレエは静かできれいだった。今回のヌニェスはかなり華奢に見えて、美しかった。ムンタギロフは相変わらず素晴らしい。役の上では優柔不断でどうしようもない男だが、素晴らしい跳躍をしても音もなく着地する技は見事だ。オシポワも高度なテクニックを見せつける。ただ、この人は顔がなんだか怖くて、感情移入しにくい。何を考えているのかよくわからないお姫様だった。

実は以前娘の参加したコンクールで素晴らしいガムザッティー3幕のバリエーションを見たことがある。魂が叫ぶような踊りだった。当時はどういう場面かわからないまま、神様に雨乞いをしているような強いメッセージが込められていると感じた。今回の『ラ・バヤデール』ではそのバリエーションがいったいどういった場面で踊られるのかやっと判明すると、とても楽しみにしていた。

オシポワの安定感、回転の速さといったテクニックには感心したが、残念ながら魂のようなものはあまり感じられなかった。ソロルの心が離れて行くのも仕方ないと思わせられる。全幕バレエとしてはこれが正解ということか。

それにしても、最後は神様が怒りだして当然だと思うようなドロドロ三角関係。ファンタジーの世界の非常に世俗的な物語。人間らしい営みこそが芸術の原点なのだと感じた。

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