《深情密碼 Silence》の見直しで新たに感じたいろいろ

今日も病気を言い訳にして、一日家で《深情密碼 Silence》を見て過ごしてしまった。

当初の目的は高雄で見たガジュマルの巨木などの「おっ!」が本当にドラマで見たものか確かめることだった。だが、結局ずるずると見てしまっている。

今回の大誤算は第1話を横で見ていた小5の娘が続きを見せろとせがむこと。「深情密碼」を「しんじょうみつま」と勝手に音読みし、検索かけて自分で見ようとするので、問題集を1ページやったら1話見せるというと日曜日には2ページやってしまった。自分と同じ年頃の子どもが出ていて、気を惹いたのか。

それはさておき…やっぱり私の建物を見たと思う記憶はめちゃくちゃだということが判明。車寄せはまだ完全に違うとは言いきれないかもしれないが、少なくとも階段は似ても似つかない全くの別物だった。がーん。記憶ってなんてテキトー。

しかし、別の収穫もあった。戚偉易(周渝民)が家出後、黃至燁(王傳一)の姉(林美秀)の持つマンションの屋上に建てられたテラスに転がり込むのだが、その屋上テラスがどうも《小資女孩向前衝》(邦題:進め!キラメキ女子)で沈杏仁(柯佳嬿)と樂樂(郭書瑤)が住んでいた屋上テラスと同じだ。

当時はもちろんそんなこと知る由もなく見ていたのだが、今回どうしてもこの屋上の違法建築テラスから目が離せなくなってしまった。戚偉易と趙深深(パク・ウネ)がひととき幸せな同棲生活を営む場所が、まさかあの杏仁(シンレン)のうちだったとは。中に置いてあるものはずいぶん違うが、枠は絶対にそうだ。ただ、下から建物を見上げるときに使われている画像は異なる。

改めて《深情密碼》を見て思うのは、かなり哲学的な台詞が多いということ。当時の私にはなかなか厳しかったはずだ。でも、本当にいい勉強になったと思う。

ただ、ストーリーはこね過ぎではないかと思うほどよくこねてあるが、季節感が全くなく、青島で医院の予約をとるのに今は10月だと言ったと思うと、ほどなく8月11日がやってきて「七夕情人節」だと言ってみたり、次は5月になっていたり、青島に来ていったいすでに何年経っているのだろう。

偽のクリスマスを演出する際、突然夜になったのに、川に落ちるシーンでは昼になっていて、いつの間に一晩経ってしまったのかと戸惑う。

見渡す限りの芝生という土地が、青島の四喜院から歩いて行けるところにありそうにない。青島の人も台北の人も年がら年中半袖を着ていて、季節感がない。ここまで凝りたおしたストーリーを考えるなら、もう少し空間的時間的なつながりに配慮してほしかった。

最近になってこのドラマの脚本に徐譽庭の名が入っていたことがわかり、もう一度見直した次第である。このドラマをここまで何度も見た人もなかなかいないと思うが、これは私が台湾ドラマにハマった記念すべき作品でもある。また、いろいろ書いてしまうかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です