「母には二度あい、父にはあわないもの」というなぞなぞが「後奈良院御撰何曾(ごならいんぎょせんなぞ)」永正十三(1516)年にある。その答えは「くちびる」とある。昔、日本語のハ行の「はひふへほ」の発音がどうも「ファフィフフェフォ」だったらしいということの根拠としてしばしば引用される。昔日本との「母」という語は「ファファ」と言われていたというのである。
元々唇を近づける無声両唇摩擦音[ɸ]だったハ行子音が調音点を変化させた現象を「ハ行転呼音現象」と呼んでいる。ハ行子音が語頭に来る場合、ハヘホで声門摩擦音[h]・ヒで無声硬口蓋摩擦音 [ç]というように変化した。ハ行子音が語中に来る場合(例:かは(河)→かわ)はワ行音と合流するが、ワ行音は母音が/a/以外の場合、ア行音と対立がないため、「ほほ(頬)」→「ほお」となる。
↗ ハヘホ[h]
語頭 無声両唇摩擦音[ɸ] → ヒ[ç]
↘ フ[ɸ]
語中 無声両唇摩擦音[ɸ]→半母音[w] かは(河)→かわ
↘ 母音のみ ほほ(頬)→ほお
しかし、さらに昔(例えば奈良時代ごろ)になると、おそらくハ行子音は/p/だったと言われる。一つ目の理由としてはハ行の濁音系列がバ行で、無声両唇破裂子音[p]の有声音[b]であることが挙げられる。さらに「ひかり」「ひよこ」という語の語頭のハ行子音はすでに変化してしまっているが、「ぴかぴか」「ぴよぴよ」といった擬音語擬態語(オノマトペ)にはいまだに/p/の音が残っている点も論拠とされることがある。ピカピカするものを「ピカリ(光)」、ピヨピヨなく鶏の子を「ピヨコ(ひよこ)」と言っていたのだ。
さて、このハ行転呼音現象、実は現在も起こり続けている。それは外来語の世界でである。「スマートフォン」の省略形が「スマフォ」でなく「スマホ」であるあたりからして、母語話者以外の人たちには納得できない部分だろう。
以下の写真は2015年9月22日に香川県へ息子のサッカー合宿を見に行った際に見つけた喫茶店のメニューである。「シフォンケーキ」が「シホンケーキ」と表記されている。「サイフォン」なら「サイホン」と書かれることもあるが、「シホンケーキ」にはお目にかかったことがなかったので、写真を撮っておいた。
そもそもこの店はカタカナ表記にあまりこだわりがないようだった。「スパゲティ―」も「スパゲテ」と何やらゲテ物のようだ。
当時はこのメニューが笑いのツボにはまってしまい、一緒に行った人たちと腹を抱えて笑ったが、2018年12月現在「シホンケーキ」で検索をかけるとクックパッドにたくさん「シホンケーキ」のレシピがあると出た。すでにある程度の定着を見ているようである。
「ファフィフェフォ」の中でもっともハ行音化しやすいのが母音が/o/の場合であるように思う。これからも、ハ行音化ウォッチを続けて行こうと思う。