小5の娘を連れて映画館にマシュー・ボーンの『シンデレラ』を見に行った。白髪の80歳ぐらいの老夫婦が私たちの席の一つに座っていた。券を見せて移っていただくのも気の毒なくらいのお年だったが、日曜日でけっこう埋まっていたので、やむをえなかった。
席に座ってから、あたりをきょろきょろと見まわした娘が私の耳元でささやいた。
娘「これってほんとに『シンデレラ』なん?」
母「なんで? 子どもが一人もいーひんから?」
うなずく娘。確かに日曜日だとういうのに、子どもは誰も来ていなかった。
実は娘が年長のときの初発表会の演目が『シンデレラ』だった。5月に今のバレエスクールに入ったとき、7月下旬の発表会にぎりぎり間に合うよと言われた。娘は演目が『シンデレラ』だと聞いて発表会に出たいと言った。
バレエのバの字も知らなかった私は娘が発表会で踊る曲を早く覚えられるようにとDVDを注文した。そして、そのプロコフィエフの悲哀に満ちた重々しい音楽に衝撃を受ける。
こんな難しい曲、おチビさんたちほんとに踊れるの?
実際、娘は本番当日のあとは幕が開くのを待つばかりというときに、不安のあまり大泣きしてしまった。でも、先生の「まかせて」のことばの後、落ち着きを取り戻し、初舞台に立ったのだった。
あれから、五年余りが過ぎ、娘のバレエ熱はひと段落。私はバレエを見るのに完全にハマってしまった。今となっては忘れられない演目、それが私たち母娘にとっての『シンデレラ』だ。
プロコフィエフはバレエ『シンデレラ』の作曲を1941年に始めたという。マシュー・ボーンはプロコフィエフの作曲時期を考え、『シンデレラ』の舞台を1940年第二次世界大戦時のロンドンに設定し、実際に爆撃を受けたというダンスホールCafe de Parisを舞台にした。1997年初演のリバイバル上演。2018年10月に東京で上演したものではなく、2017年にロンドンで録画されたもののようだ。
体の線がほとんどわからない軍服を着た男性たちが動きにくそうで暑そう。仙女と呼ばれる魔法使いのおばあさんの代わりに、真っ白のサテンの三つ揃えに身を包んだがっしりした体格の男性天使がシンデレラに幸運を授ける。
シンデレラは大家族の一員で、兄弟が5人いる。中には黒人の姉にゲイの仕立て屋、ストーカーも。非常に今風。継母は重要な役割を果たしているが、義姉たちは特にコミカルというわけでもなかった。
王子は空軍のパイロットで、口髭を生やしている。王子様とはずいぶんイメージがちがうが、一目で恋に落ちてしまう二人に説得力がないわけではない。ただ、戦時は貧富の差など重要でなく、みんなが何かと我慢しているという状況なので、シンデレラ一人が貧乏で惨めというわけではない。
ラブストーリーとしてはよくできているし、本当によく考えてある。だが、やはり戦時では華やかさに欠ける。バレエの華やかさにあこがれる私たちにマシュー・ボーンの「ひねり」はまだ早すぎる。もっともっとバレエを見て、「もういいよ」と思うほど見飽きた頃にはマシュー・ボーンの『シンデレラ』が楽しめるのだろうと思った。