《小三》と《小王》:《誰先愛上他的》

中国語で《愛人》は妻や夫を指し、日本語の「愛人」にあたる人のことは《第三者》と言う。90年代に中国語を習ったときはそれがちょっとした驚きだった。それが、気が付くと《第三者》は《小三》と呼ばれるようになっていた。

映画《誰先愛上他的》を見るまでは、この《小三》が女性の《第三者》専用だとは知らなかった。男性の《第三者》は「三」に一本「棒」を加えて、《小王》と言うのだそうだ。

女性第三者叫:“小三”,男性第三者叫:“小王”。《小王(含義)_百度百科

大陸でも同様に使われているらしい。王という姓の年若い人はみんな《小王》(王君、王さん)と呼ばれる可能性があるわけで、紛らわしくないのかと思う。《小三》にしても「小学三年生」の意味もあるのに…どうよ、と思う。

日本語の場合「第三者」は法律関係の用語で「当事者以外の立場の人」を指す。日本語の「愛人」が不倫相手を指すというのには中国人もきっと驚くだろうが、私も当初中国語の《第三者》という言い方に無味乾燥な感じがしたものだ。

しかし、《誰先愛上他的》の根幹を成すこの「小三対小王」という構図は、ちょっとタイトルを見ただけではどういうことかわかりにくい。同性愛が絡んでいると知らなければ話が見えにくいのである。

映画《誰先愛上他的》には前身となる演劇があった(YahooTV《佼心食堂》)。その元のタイトルが《小三與小王》のちに《致‧這該死的愛》となっている。邱澤はその舞台にも同じ役で出演しているが、それ以外はみんな役者が異なる。妻役は嚴藝文で、《我的男孩》で安慶輝(張軒睿)の母を演じていたかなり年配の実力派である。呂蒔媛が書いた脚本ではあるが、内容は映画とかなり異なるらしい。

実は《誰先愛上他的》もタイトルが変更されていて、以前のタイトルは《我們都愛他!》だったとのこと。聞き慣れたせいか私には《誰先愛上他的》が映画の内容を最も端的に表していると感じる。

それにしても、日本語の場合「不倫相手」に男女の区別をしていないが、「愛人」というと女性であることが暗黙の了解としてある。英語のmistressには対応する男性形がない。1992年の仏映画『愛人/L’Amant』の仏語 l’amant は男性形なのに対し、英語には相当する男性形がなく、英語タイトルはThe Loverとなっている。

日本語に《小王》に相当することばが現れる日も遠くないのかもしれない。

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