温又柔『台湾生まれ、日本語育ち』の衝撃

最も大きな衝撃はいわゆる「外国にルーツを持つ子ども」が作家になり、日本語で本を出版したということ。しかも、その子どもの頃の二言語間を浮遊した体験を堪能な日本語で表現しているのだ。涙が出る。

日本の保育園で一人だけ絵本の読み聞かせに興味を示さない台湾から来た三歳児。「日本語で話されてもわけわかんな~い」はずだが、そういう意識すら言語化されない年齢だろう。大人になってその状況を「靄の中にいる自分」と表現した。

台湾ではとってもおしゃべりだったのに、日本へ来たらあんまり話さないおとなしい子になったという。

「外国にルーツを持つ子どもたち」は、たとえ日本育ちであっても、往々にして言語の壁が立ちはだかり、学習に支障を来すことが多い。小学校や中学校へ支援に行くと、口頭で意思の疎通を図るところまではスムーズに上達し、周りが驚嘆するほどなのだが、学習面、こと書くことに関しては悩みを抱え続けることが多い。

この温又柔という人は、天性の言語的な素養を武器にその困難を軽々と乗り越えているように見える。そして、多くの同じ境遇にあった元・子どもたちの現実を私たちに伝えているのだと思う。

「温又柔」という名前はとても素敵だ。
中国語で《温柔 wēnróu》は「優しい」という意味。
《又 yòu》は形容詞を重ねるときに使う助辞。
日本語の「温かくて柔らかい」の「~くて~」みたいな働きをする。

なんとも優しそうな名前なのである。漢字を一度見たら忘れない。

エッセイ集の印象はおおむねほのぼのとした雰囲気で《温又柔》だったのだが、
読了後、ググってみると、芥川賞ノミネート後、宮本輝のコメントに反発を感じているという記事に行き当たった。

ただ「温又柔」なだけの作家ではないのだ。

宮本輝のコメントは彼だけのものではなく、多くの日本人一般の声と考えるべきだ。実際、彼らは全く「温又柔」の境遇に共感できないのである。

無理解と片付けることもできるが、温又柔自身が作家としての力をつけていくことで周囲の理解を得ていくことができるはずだ。これからもがんばってほしい。

彼女のように自身の使命を強く感じ、邁進していく姿は、周りにも勇気を与える。私も自分にしかできないことがきっとある。がんばろうと思えた。

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