まさにファム・ファタル:英国ロイヤルバレエ『マノン』

土曜日、映画館で英国ロイヤルバレエ『マノン』を初めて見た。

若い恋人とパトロンの間で心を引き裂かれる女性のお話という意味では『椿姫』とよく似ている。竹宮恵子『風と木の詩』にちらっと名前が出てきたのを見かけて以来、この二つの区別がずっとつかなかったのだが、それは『椿姫』の話の中に『マノン・レスコー』が象徴的に使われているせいのようだ。

実際この二つのストーリーは、ずいぶん様子がちがった。大人の女『椿姫』(私の頭に浮かんでいる椿姫はゼナイダ・ヤノウスキー)と違って『マノン』は自分が何をしているかもよくわかっていない、無邪気な少女なのだ。

マノン役、サラ・ラムの華奢でなんとはかなそうなこと! 本当に幸せそうに踊っていた第1幕。ベッドに飛び込むシーンはただただかわいい女の子だ。そういえば『ロミオとジュリエット』のジュリエットも劇の始まりではまだ子供っぽい少女だった。

ムンタギロフの甘い顔立ちは若い書生というイメージにぴったり。でも、ファンム・ファタル famme fatale マノンに出会い、人生を狂わされ、堕ちていく。まさに泥沼の第3幕は叫びが聞こえてきそうだった。

そういえば、この famme fatale(運命の女)という仏語の表現。よく意味がわからず困った記憶がある。直訳だと「結ばれる運命にある女性」のように思えるのだが、実は「運命を狂わせ、男を破滅させる女」のことだ。今思えば男の人生を翻弄する女の話なんてこの世にはごまんとある。『マノン』が怖ろしいのはそれが本人の意図したものでない点であろう。

そして、マノンにはポン引きの兄が出てくる。これが平野亮一だった。ハマりすぎ!

強欲そうな表情もうまかったし、酔っ払って踊るところもコミカルで笑えた。大きな顔は表情がよくわかってとっても得だと思う。バレエも確かにうまいのだが、バレエダンサーと言うより役者だ。

NHKドキュメンタリー『英国ロイヤルバレエ~茜と亮一 プリンシパルの輝き』での『くるみ割り人形』の王子役より『冬物語』の王様や今回のマノンの兄役のように影のある役の方が合っていると思う。『冬物語』の表情による心理劇は非常に見ごたえがあった。

日本でバレエというと、美しいおとぎ話が主流だが、『マノン』や『冬物語』は貧困や嫉妬が正面から扱われており、非常に人間臭い。バレエはあくまで大人の芸術なのだと実感する。

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