「チャンツィイー」の「ツィ」ってどんな発音?

チャンツィイー 章子怡《Zhāng Zǐyí》という中国の女優がいる。

映画だと『初恋の来た道』《我的父亲母亲》(1999)や『グリーンデスティニー』《臥虎藏龍》(2000)、『LOVERS』《十面埋伏》(2004)に出たり、シャンプーのCMに出たりしていたので、かなり日本での知名度も高いと思う。

私は長らくこの女優の漢字名を知らなかった。カタカナばかりでなかなか覚えられなかった記憶のある最初の女優である。

このチャンツィイーの「子 zǐ」の音を表そうとした「ツィ」のカタカナ表記に興味を持った。

「ツー」だと「子 zi」以外に「次 ci」「族 zu」「醋 cu」の音が考えられる(漢字はいずれも例で、ここでは声調は不問とする)。

「子 zi」「次 ci」の母音は[ɨ]非円唇中舌母音である。私は「イ」の口の形のまま「ウ」というと習った。

「族 zu」、「醋 cu」の母音は[u]円唇後舌狭母音である。強く唇を丸めとがらせて、舌を後ろに引かなければならない。

「ツィ」とすれば少なくとも後の2つ「族 zu」「醋 cu」は除外され、「子 zi」か「次 ci」に絞られると見込んでのことだと思われる。だが、一方で「チャンツーイー」の表記も見られる。

それは、映画『トッツィー Tootsie』(1982)の「ツィ」の母音が[i]非円唇前舌狭母音なのとは異なり、「子 zi」はカタカナだとやはり「ツー」と書くべき音だからではないだろうか。

「ツァ・ツィ・ツェ・ツォ」は日本語では特殊音と呼ばれ、主に外来語で用いられる。例外としてすぐ思い浮かぶのは「おとっつぁん」ぐらいか。

外来語の例は以下のとおり。

モッツァレラチーズ(伊: mozzarella)
ツィゴイネルワイゼン(独: Zigeunerweisen)
ツェツェ蠅(バンツー諸語由来: tsetse)
カンツォーネ(伊: Canzone)

「ツェツェ蠅」以外はイタリア語やドイツ語の「z」の発音である。

そういえば、ドイツの友人は日本語を学ぶとき、こんなことを言っていた。

「ローマ字で書かれると「z」と「s」とどちらが澄んだ音かわからなくなる」

ドイツ語のsは後ろに母音があれば[z]有声歯茎摩擦音(ザ行子音)、母音がなければ[s]無声歯茎摩擦音(サ行子音)である。

一方、zは[ts]無声歯茎破擦音(いわゆるツァ行子音)だ。

日本語のヘボン式ローマ字は英語話者向けの綴りなので、ドイツ語話者がドイツ語の音韻規則で読むと問題が出てくるわけである。

話がずいぶん反れてしまったが、要するに「ツィ」で中国語の「子 zi」の発音を表そうというのはやはり無理があったと言わざるを得ない。

ちなみに、中国語の「子 zi」「次 ci」の違いは有声子音か無声子音かという違いではなく、無気か有気か、つまり破裂の際に空気が出るかどうかによる差なので、カタカナで音を写す際はどちらも無声子音とみなされ「ツー」と書かれることが多い。実際は「子 zǐ」のように低い第三声の場合、有声子音「ズー」に聞こえることもある。

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