日本語学校には若い学生ばかりでなく、かなり年嵩の学生も日本語を学んでいる。
これも90年代のことである。アルバイトばかりしていて、なかなか授業に来ず、日本語があまり上達しない学生がいた。福建省出身の30歳前後の男の学生で、大学を卒業して間なしの私にはものすごく年上に見えた。ミック・ジャガーのように反り返った唇とともに、非常に印象深かったその学生の日本語は、
私紹介先生恋人。
かなりの早口でたくさん話すので、言いたいことは伝わる。でも、これを聞いたときは中国語かと思った。
私は先生に恋人を紹介する。
私が中国語を勉強していると言ったからだったか。「それなら先生に恋人を紹介してあげるよ」という文脈だったと記憶している。
知っていることば(漢語ばかり)を中国語の語順でそのまま並べている。勉強しないで働いてばかりいるとこんな日本語になってしまうのかとその時は思っていた。
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中国留学時ルームメイトだった友人をドイツまで訪ねて行ったときのことである。
当時私はフランスに語学留学中で、油断すると顔を出そうとする中国語をなんとか押さえて、フランス語が口から出始めたところだった。なのに、久しぶりに会うドイツの友人と中国語で話す。この状況はかなり悲惨である。
そのうえ、その晩はおいしいワインを飲んだ。
中国人のネイティブスピーカーがいない状況で、元留学生同士が酔っ払いながら中国語を話すと、まず声調が乱れ、そして次に文法がめちゃくちゃになってくるのである。
私は話しながら、動詞を前に持って来るという努力を怠り始めている自分を感じた。中国語を話しているはずなのに、動詞を言わないまま、つらつらと文を続けて行ってしまい、あとで、「あ、忘れてた」とばかり動詞を付け加える。
なんだ、この中国語は…
なんでこのドイツの友人は意味がわかるんだ? もしかすると彼女は日本語も勉強してたからわかるのか…
などと思いながら、どんどん壊れて行って、眠ってしまった。
ミック・ジャガー似の学生のことを言えた義理ではない。