加古川、姫路など兵庫県の西の方で話されている播州弁にテ敬語というのがある。
「明日パーティーに行ってですか」
(明日パーティーにいらっしゃいますか)「昨日パーティーに行ってでしたか」
(昨日パーティーにいらっしゃいましたか)
ある日、加古川の義母が畑で採れた野菜を京都から来ていた母に持って帰ってもらおうとこう言った。
「(京都の)おかあさん、このキャベツいって?」
私も母も「???」キャベツを持ってどこへ行けばよいのだろうと思った。
義母は「このキャベツ要る?」をテ敬語で尋ねていたのである。
京都では「食べはる(召し上がる)」「しはる(される・なさる)」といったハル敬語が盛んに用いられる。尊敬の意味さえなくなっていて、第三者マーカーになっているとの説が有力だ。
だが、動詞「要る」にハルをつけることはまずない。標準語でも「要る」には尊敬のレル・ラレルはつかない。敢えて言うなら「ご入用」か。
「 ⁇ これ要らはる」
「これ、ご入用ですか」
そんなことがあって、私はテ敬語に興味を持つようになった。
自分で使うことはできないが、人が話すテ敬語はある程度理解できるようになった。いや、なったつもりだった。だが、テ敬語には不意を突かれることがある。大誤解が起こりうるのである。
姫路出身でテ敬語の研究をしていたゼミの後輩(2004年当時24,5歳)がお昼時に共同研究室にやって来て私に次のように言った。
「お昼いっしょに食べてませんか」
別に通じるか試してやろうとかそういう気は全くなく、自然と出たことばだった。でも、私はまた「???」となった。目の前にいる彼女も私も何も食べていないのは明らかなのに???
これはなんと「お昼をいっしょに召し上がりませんか」というお誘いだったのである。
播州弁を話す人々とは普段ほとんど違和感なく関西弁での意思の疎通が可能だ。だが、それだけに、まるで異次元空間に放り出されたように理解不能に陥ってしまうテ敬語は驚異なのである。